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作り手のハートの入ったおいしいものをいつも、求めています。
玄人の技術には感心しますが
半人前の努力も魅力の一つと思っています。

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2011年3月

2011年3月31日 (木)

2011年 東日本大地震 いなせや復活への道 5

 本日は送別会のご予約を2件、頂戴し、フリーのお客様が5組お見え

頂いた。おかげさまにて店は満席なり、常連のお客様もこちらの安否を

確認するかのように「お店、流行ってて良かった」と笑顔で帰られた。

 送別会でお見えいただいたお客様のうち、今日、都合で参加の出来ない

お客様から「費用は別にお支払いするので、特別なお酒か、お料理を

出して頂けないか」と事前にお電話を頂き、どうしようかと考えていたが

コースの料理は当店で一番、高いランクでボリュームは十分だし、

飲み放題になっていたので特にこれというお酒も必要なさそうで

気の利いたご返答が出来ないでいた。会の内容が送別ということもあり、

「花束はいかがですか?当店のとなりに懇意にしている花屋さんの

お嬢さんがセンスの良い花束を作ってくれますよ」とご案内したところ

「それは名案ですね」と返されたので「お客様のほうからどんな方に

贈られるのか、花屋さんに直接電話された方が気持ちが伝わるでしょう」と

電話番号をご案内した。今日、その花束の費用を参加された方に

託され、その中にお礼のお手紙が入っており、とても、感激された内容で

「この商売やってて良かった」と久しぶりに思い、お手紙を厨房に

貼って、スタッフみんなと共有できる財産がまたひとつ出来た。

2011年3月30日 (水)

2011年 東日本大地震 いなせや復活への道 4

 震災の報道は悲しいばかりで気落ちするが、笑顔とおいしさを

売る店が泣きっ面では商売にならない。

3年間、努めてくれたスタッフが大学の卒業と供に就職が決まって

昨日でうちの店を卒業、そして、明日も新潟の大学院に入学する為に

もう一人のスタッフがうちの店を卒業して行く。

 スタッフ、皆、仲良く働いてくれたし、笑顔の絶えない店にしてくれた。

彼らがOBとして店を訪れることが出来るよう、頑張って生き残りを

掛けて行く。

まずは、スタッフの笑顔でお客様が元気になれることを第一に考えて、

明日も笑顔がほころぶ、まぐろのすき焼きをおいしく召し上がって

頂くために、こころから頑張っていく。

2011年3月29日 (火)

2011年 東日本大地震 いなせや復活への道 3

今日は震災以来、ほぼ満席状態で本当にお客様はお見えいただけるのか

不安を抱えながらの仕込みをしていたところ「三時半から3人、大丈夫?」と

常連さんからの電話で二つ返事で受けた。しかし、6時をピークに予約が入っ

ており、果たして、仕込が間に合うのか、時間に追われている自分がいた。

3時半なら後席が使えることしか、頭になく、自分を追い込んでいく。

しかし、やるっきゃない!!! お声を掛けていただけることの

喜び、この2週間は本当に身に染みた。

仕事が或る喜びは代えがたく、もっともっと、気持ちを切り替えて

おいしいものをご提供できること、心より感謝したい。

2011年3月26日 (土)

2011年 東日本大地震 いなせや復活への道 2

 震災後、2度目の金曜日を迎えた。「なんとか、忙しい思いで

仕事がしたい」と築地場内の水神社さんへ昨日、頼みにいった。

正直、ここの水神社さんは霊験あらたかで、信じて努力する者の

願いを叶えてくれると評判で、自分もそう信じてお参りをしている。

 昨日、うちへ食料品を配達してくれている問屋の営業マンと

暇も手伝って長話をしたところ、彼には生まれて間もない赤ちゃんが

いるとのこと、そして、安全な水を買うために何軒もはしごをしていると

聞いた。なんということだろう、販売している食品問屋にも安全な

水の在庫がないのだ。「水があったら、買っておいてあげる」そう

約束をし、今日、スーパーに行ったら「発泡系の水」が売っていたので

取り合えず買っておいた。赤ちゃんが飲めなくてもお母さんが飲めば

少しは気が楽になると思って疑わない自分である。

2011年3月24日 (木)

2011年 東日本大地震 いなせや復活への道 1

 天災はくやしいにしても、原発の影響がどんどん明るみに出て、

やるせない気持ちになる。街が暗いのは節電の影響なので

我慢はできるが店が暇なのはまったく、困る。

 どこも同じだろうが、日本の未来を考えれば、経済の復活も

大事だろうし、震災前から日本経済は混沌としていた。

今回も後手後手に回る政府の対応と慌てぶりがあからさまである。

未来はこどもに託さなければいけない、そのこどもに危害がある

放射能に、対処するすべがないのは悲しい。

2011年3月23日 (水)

2011年 3.11 東京築地・大地震 いなせやの顛末 8

 空模様が安定しない中、快い営業をと思い直すが、どうしても

沈みがちになる。しかも、東京の金町浄水場にて基準を上回る

放射能が検出されたというニュースが入ってきた。

 人が外に出てはいけない戒厳令が福島の限定された地域で実施され、

北風に運ばれた放射能がどんどん溜まっていく気がするのは自分だけか?

客足が1割に満たない店の営業も苦しいが被災された方々は家も仕事も

無くなっているのだ。ひと踏ん張り、頑張って被災された方々にも

まぐろのすき焼きを楽しんでいただける日がきっと、来る。

2011年 3.11 東京築地・大地震 いなせやの顛末 7

連休明け、予約のキャンセルが続けて2件あり、しょんぼりとした

姿で仕込みをする自分。致し方なし、命あっての花と思って。

避難所の生活も疲労を極めていることだろう、共同生活において

カーテン一枚もない、プライバシーもない環境は計り知れない。

 店のすぐそばにある和食店がランチ営業のほか、弁当の販売、

そして、夜の格安セットの打ち出し、和食どころというより

夜の定食屋的なメニューのセットも1200円で始めた。

 うちも昼の弁当を販売する準備を始めているが自分ひとりで

すべてを行うために一日、20個の弁当を作り、完売して

12000円の売り上げ、弁当に関しては原材料費を40%は見込む

ことと、包装資材、光熱費を考慮すれば、僅かな粗利しか残らない。

そう計算するとぐるなびの検索率を高めたほうが集客に繋がると

二の足を踏んでしまう。今週一杯はよく考え、弁当が粗悪なものと

評判になり、更に客足がなくなったら、おおごとになる。

本当の復興はいつになるのか、全く見えてこないが

やるっきゃないことだけは、はっきりしている。

2011年3月21日 (月)

2011年 3.11 東京築地・大地震 いなせやの顛末 6

 東日本大地震から9日が過ぎ、色々と解かってきた事が報道されている。

不謹慎かもしれないが、当店の開店休業はなお、厳しい状況で

先の見えないトンネルはいつまで続くか解からない。

 人が屋外に出てはいけない状況で農産物はどうなるのか?

 ふと、思ったことが現実となって汚染の疑いが出てきた。

今週、お客様の来店に全力をあげ、やっていないこと

自分のこころに照らし合わせたい。

こんな時だから、おいしいもので笑顔が飛び出るよう

復興に向けて頑張っていきたい。

2011年3月17日 (木)

2011年 3.11 東京築地・大地震 いなせやの顛末 5

 今日の築地の夜は「大停電になる」という風評のせいか

自分の店にはお客様がついに「ゼロ」という底を見せてしまった。

心が折れそうになるが明日が来ることを信じてやっるっきゃない!!

 今晩、地震後初めて、宮城県の親戚と電話が繋がった。

宮城県には石巻中心に親戚、4家族が住んでいる。いずれの家族も

みんな無事ということだが3家族が家を失い、1家族の家にみんな

避難しているそうだ。慣れない共同生活だが血の繋がった同士

無事を噛み締めているように思えた。埼玉県の息子の家に

移る予定の家族がいるが「ガソリン」がないために移動できない

と言っていた。水もないし、電気もやっと、ガスはまだダメという

そして、家が無くなったという不幸を考えてみれば、

 自分はまだまだ、甘いと反省するばかりである。

 

2011年3月16日 (水)

2011年 3.11 東京築地・大地震 いなせやの顛末 4

 今日も店の電話が鳴ったのは予約をキャンセルする電話ばかりで

いよいよ深刻な事態になってきた。

計画停電を受け入れる国民の潔さには心から感服しているが

庶民の足となる電車を止めることにはあまり、賛成できない。

 国民の多くが出来ることは今の経済を立て直すために勤勉に

働き、税金を納めることも被災地を応援することになる。

 月給制の正社員なら会社を休んでも給与には影響はないだろうが

電車が動かなくて働けないパートさんや日給月給の社員、深夜アルバイトの

人たちの収入が全く無くなるか、激減することになる。

働ける環境を確保するのも政府の重要な仕事と思う。

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