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作り手のハートの入ったおいしいものをいつも、求めています。
玄人の技術には感心しますが
半人前の努力も魅力の一つと思っています。

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2009年9月

2009年9月29日 (火)

2010年上海万国博覧会までの道のり 東京からエール送るー58

上海で最近のスポット、「田子坊」はもともと、上海人の「りーろん」と

呼ばれた一般的な古い住宅が建っていた跡地だ。その住宅を若いデザイナー

が改装し、グッとおしゃれな住宅に生まれ変わらせたことが発端となって、

芸術家の卵たちが集まって来たと記憶している。今では女の子が好みそう

な小物や小さなデザイナーブランドが点在したりで目を楽しませてくれる。

しかし、ここは以前、紹介した旧フランス租界の跡地に近く、町並みは迷路

のようになっている。わざと迷路のようにしたのは土地の者以外が侵入して

もわからなくする意図もあったとか。警察はもちろん、泥棒などの侵入者も

拒んだ迷路は今もなお、健在なのである。その分、夜は危険な地域と見た方

が良さそうだ。中心部の淮海中路より東に入ること20分位、歩く位置にあ

り、淮海中路の賑わいとはかけ離れた静かな住宅地でもともと、下水設備も

ないところが多く、つい最近まで「マートン・おまる」簡易トイレを使用し

ていたのは嘘ではない。(以下次号)

2010年上海万国博覧会までの道のり 東京からエール送るー57

 地球の歩き方という本は今でも売れているらしいがここでは上海の歩き方

に触れておこうと思う。最近の上海は世界の国と同様、不況の波を受けてい

る。世界の工場といわれた中国から「ベトナム・インドネシア」へと世界の

工場は移っている。賃金高騰の問題もあるが上層部の吸い上げ過ぎという見

方もある。それ故、以前と比べてホームレスの数が膨大に増えている。歩道

橋の上で片足のない老人がカップを目の前に置いて、恵みを乞うたり、赤ち

ゃんを抱いた若い女性が夫の暴力に耐えかねて家を飛び出した内容の紙の前

で哀れそうに一点を見つめていたりでそれなりの理由があった。しかし、今

は南京西路などの繁華街でペットボトルを漁ったり、歩いている人のペット

ボトルを取ろうとしたりで明らかに治安は悪くなっている。外灘から歩いて

帰る途中、友達の中国人が親子と思う女性2人に話しかけられているのでどう

したと聞くと朝から何にも食べていないので10元、恵んでくれとのこと。

断って歩いていくとずっと、ホテルまで着いてきて扉に入ると諦めて帰って

いった。そんなことから、危険なスポットを改めて思い出して見る。

(以下次号)

2009年9月26日 (土)

2010年上海万国博覧会までの道のり 東京からエール送るー56

 上海・淮海中路に近いところのホテルの宿泊が多かったがJTBの特別割

引プランで中福大酒店に宿泊することになった。チェックインは最上階で行

われ、冷蔵庫の飲み物を飲みながら、景色を堪能するという心遣いだ。部屋

もベットルームとリビングがセパレートされていて、各部屋に42型の薄型

テレビが置かれている。パソコンも常備されていて、もちろん、インターネ

ットも繋がっている。上海に居ながら日本の店の検索状況も確認することが

出来、バスタブも入れ替えたばかりらしく、ピカピカでジェットバスにも

なる。コンビニもホテルの前にあり、便利ことのほかはない。近くに大型の

書店もあり、退屈することもなく、南京西路まで5分で行けて買い物にも食事

に行くのも便利で外灘にも10分で行ける。この便利さはすぐに人気が出て、

今、このホテルにはなかなか、宿泊することが難しく、価格も高くなってい

るようだ。しかし、便利さと安全はお金で買うもので次回も宿泊したいと願

っている。(以下次号)

2010年上海万国博覧会までの道のり 東京からエール送るー55

 上海南駅にはまだ、明るいうちに着いた。満席だったろう乗客がホームに

一気に溢れ出し、前後1個づつしかない出口は狭くて、なかなか、乗り換えが

出来ない状態だ。警備上の問題か理解しえないが以前にも書いた通り、乗客

の都合より、管理する側の道理が中国・上海の一つの論理だ。これを理解出

来ないと上海での生活が息苦しいものとなる。なんとか乗り換えをして在来

線に乗り込んだが友人の周くんとの待ち合わせの場所は在来線の駅から縦に

離れているので電車を降りて、タクシーで向かうことにした。しかし、駅の

周りには1台のタクシーも見当たらず、流しのタクシーもない。角に立つこ

と30分後、やっと空車のタクシーを見つけて周くんの待つオフィースに向

かった。やはり、上海の夕方のラッシュには心してかからないと待ち合わせ

など出来ないが一時間の遅刻などまったく、気にしない上海人の方が都市生

活に慣れ、人に寛容であるに違いない。(以下次号)

2009年9月25日 (金)

2010年上海万国博覧会までの道のり 東京からエール送るー54

 杭州・霊陰寺に素晴らしさについては以前のブログでもご紹介した通りで

さらっと、振り返るだけにする。本堂の立体的な曼陀羅は見なくては語れな

いし、この曼陀羅の持つ宇宙感を感じるにはこの曼陀羅に語りかけることか

もしれない。でも、その観念は人生と同じように正解も不正解もない。五百

羅漢を全部見たのち、山を下り、西湖へと向かった。好天は続き、日焼けし

そうだ。西湖は水清く、40元で船券を買えば、小島に行くどの船にも乗る

ことが出来る。湖面を巡ったあと、小さい橋を渡り、休憩処を覗いて見るも

のの黒っぽく煮詰められた「おでん」のようなものがあるだけで食欲はそそ

らない。西湖の風景を楽しんだあと、帰りの快速も心配なので杭州駅に戻る

ことにした。杭州駅で「ケンタッキー」のハンバーガーとコーラを買って帰

りの快速に乗りこみ、再び、車窓を楽しむ旅になった。(以下次号)

2009年9月23日 (水)

2010年上海万国博覧会までの道のり 東京からエール送るー53

 杭州駅に着くとタクシーは少なく、むしろ、白タクで観光させる案内人が

客引きをしていて、乗る車の写真を見せながら、値段を書いたプレート持っ

て駅の出口付近はごった返していた。確か、一台6人が乗れる車で1000元

(14000円)といっていたのはべらぼうな値段だ。まず、自分たちは1

5元で観光地図を買い、3元で乗れるバスに乗り霊隠寺へ行くことにした。

途中、西湖の湖畔を目にしながら、遠くに茶畑を見ながら好天に恵まれ、暑

い位の日差しの中、木のベンチのバスはあまり、高低差のない山を登ってい

った。この西湖が霧に立ち込めると茶畑はちょうど良い湿リ気で味の良い

「龍井茶」が生産される。中国ではお茶の最高峰といわれ、値段も50グラ

ムで約100元と(1400円)と高いがこれを買うために西湖にやってく

る人もいるので食へ対する思い入れは「お茶と共に」ということだろう。

(以下次号)

2009年9月22日 (火)

2010年上海万国博覧会までの道のり 東京からエール送るー52

 上海南駅 10時05分発 N523 杭州行きの改札が始まり、ホーム

に降りて見るとそこには日本の新幹線0系にそっくりの車両が今や遅しと出

発を待っていた。その時のチケットの値段は44元でヒルトンホテルのコー

ヒー一杯とほぼ、同額でチケットには新空調軟座快速と書いてあった。

いよいよ、この快速が出発し、スムーズに揺れも少なく車窓からの景色も流

れるようであったし、2年前に記憶した農村の風景も三階建ての大きな家が沢

山増えていた。農家の豊作だけでこれだけの大きな家が建つことはないと思

うと中国政府が融資したのか、それとも日本の100円ショップを支えると

いう生産工場への出稼ぎが農民の暮らしを裕福にしたのか、中国人である友

達のEさんも知らないと言った。まあ、自分に取ってはどうでもいいことだ

が人が裕福になるというのは良いことだと思うし、2年空いた杭州の変わりよ

うを想像しながら、車窓から見える風景を楽しんでいた。(以下次号)

2009年9月21日 (月)

2010年上海万国博覧会までの道のり 東京からエール送るー51

朝、早めに起きて上海の友達Eさんとホテルのロビーで待ち合わせして、

三人でタクシーに乗り込み、上海南駅に行く電車に乗り換えた。上海南駅に

行く電車は東京でいうと山手線のような通勤電車で丁度、朝の八時くらいで

ラッシュの時間帯だが東京のような混みようはなかった。上海の交通は東西

に行くには地下鉄や電車で移動することができるが北と南に行くには地下鉄

で乗り継ぎをして遠回りをしなくてはいけない。だから、上海旧城内ではタ

クシーが一番早い乗り物となる。旧城内とはその昔、上海の街は倭寇などの

外敵から守るために大きな塀で囲まれ、その広さは東京首都高環状線のくら

いの大きさ、その塀の跡が上海市内を廻らしている高速道路なのだ。

上海南駅に着くとその大きさにはびっくりした。ちょうど、東京ドームのよ

うな巨大駅だ。上海駅とは違い、故郷に帰れない沢山の中国人が待合室でご

った返していることはない。スマートで美しく新しい鉄道の為の出発駅で以

前に乗った杭州行きの特急とは全く、似付かないスーパー超特急が自分らを

待っていた。(以下次号)

2009年9月19日 (土)

2010年上海万国博覧会までの道のり 東京からエール送るー50

上海・瓢鷹大酒店前でタクシーを降りるとタクシーのおつりを目当てに、

老婆がビニールのコップを突き出した。物乞いに銭をやる習慣のない自分は

「不要! 不要!不!不!・プヨウ!プヨウ!プ!プ!」と追いたてた。老

婆はきっと、ケチとか、言葉に出来ないような中国語を浴びせただろう、す

ごい剣幕で帰っていった。ホテルの中は快適で朝食もおいしいし、両替も出

来てなんの問題もないが周りの環境は良いとはいえない。やはり、初めて上

海を訪れる人は値段でホテルを選ぶことは避けた方が賢明だと思う。高いに

はそれなりの安心がついてくるのだ。翌日、抗州に行くため この日はウイ

スキーを飲んで早めにベットに入ることにした。(以下次号)

2010年上海万国博覧会までの道のり 東京からエール送るー49

2007年3月 上海を訪れたのは妹の次男坊と一緒だった。その甥っ子は高校

を2年半ばで中退し、次に歩むべく一歩を探していた。そのきっかけになれば

と上海を勧め、同行することにした。出来るだけ滞在日を安く済ませるた

め、ホテルは外灘に近い瓢鷹大酒店になった。バスタブのない西洋形式のホ

テルで宿泊している人は制服を着た外国人パイロットや韓国人、中国人が多

かった。確かに外灘には近いがそびえたつ高層マンション以外の建物はおそ

らく、1940年代位前の古い建物ばかりだ。近くにある飲食店も片言の中

国語ではまったく、食事が出来ないだろうケバイ店ばかりでとなりの広い空

き地には上海の一般的な住宅街を壊した跡地と思える生活品の残骸や山と積

まれていた。すぐ前の橋の上ではがらくたを売っているおじいさんが歯の抜

けた口をあんぐりさせながら、暇そうにしていた。自転車を修理するおじさ

んもいて、こちらはあくびをしている暇はなさそうだ。タクシーでこのホテ

ルに乗りつけると物乞いのおばあさんが出迎えてくれて、ただ、その取り腰

の強さに圧倒された。

(以下次号)

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