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作り手のハートの入ったおいしいものをいつも、求めています。
玄人の技術には感心しますが
半人前の努力も魅力の一つと思っています。

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2009年5月

2009年5月30日 (土)

1994年 もつ鍋から鍋処への転換 いつか再ブームが!!来る? 99

2010年には上海で万博が開かれる。それに伴い、たくさんの国際級のホテル

が建設されたり、インフラの整備で上海が電力不足になるのは必至でその為

に、中国中部の三峡にダムが造られ、その土地にいた何万という住民が中国

各地、希望する土地へ移り住むことを半ば、強制された。特に戦後の日本人

が「ひと旗あげるには東京へ」と同じように、上海に移り住む三峡の人たち

も多かった。しかし、上海都心部に住む土地などなく、2005年、上海郊外の

七宝周辺の一軒長屋に移り住み、昼間は手工芸品や中国特有の油で揚げたパ

ンなど、様々な物を売って生活し、夜はその店を閉めてから二畳ほどの狭い

部屋に4人から5人が寝るのは当たり前、トイレもない生活をしていた。(共

同トイレはあった、マートンというオマルも使われていた)そこが2008年に

は再開発が行われて、再び、行き場のなくなる人々が出てきたそうだ。増し

て、今は世界的な不況に入っているから、仕事もない人も多いだろう、「一

個、11元もするふかひれ入りの小龍包を売っていたのもその七宝だった。

(以下次号)

1994年 もつ鍋から鍋処への転換 いつか再ブームが!!来る? 98

上海・新天地での日本式のラーメン店で売れ筋になると思っていた「チャー

シューメン」はバラ肉を使用したことか?思うように注文がなかった。普通

のラーメンを注文した女性客などは、一枚入っているチャーシューを残す人

もいた。もう今はないが、その当時、一緒にオープンした店の中に「本格的

なフィットネスクラブ」もあって、広場では「ボクササイズ」や「カンフ

ー」のデモンストレーションもしていた。上海のテレビを見ていると「美容

整形」の病院のコマーシャルや「エステ」のコマーシャルも頻繁に映像で流

されていた。日本人がいつも勘違いしてしまうのは「中国は発展途上国で貧

しい国」と農村部を中心に考えてしまうことだ。上海はフランスを始め、ヨ

ーロッパの列強が支配した歴史のある都市だ。一時、日本も統治に関与した

ことのあるが戦前、日本からも多くの留学生や音楽の勉強をしに訪れてい

た、国際都市なのだ。生活レベルも他の中国の都市と同じに考えて

はいけないように「ふかひれ入りの小龍包」が一個11元と普通の小龍包の十

倍の値段でもおいしければ、購入する層のいる都市なのである。

(以下次号)

2009年5月28日 (木)

1994年 もつ鍋から鍋処への転換 いつか再ブームが!!来る? 97

上海の店で人気があったのは鶏肉入りのラーメンで元々、上海料理には鶏肉

を使った代表的な料理が多いことも関係しているかもしれない。今、東方明

珠や88階建てのホテルのある浦東地区は昔、養鶏場が沢山あった地域と聞

いたことがある。、ファーストフードの店もケンタッキーフライドチキンが

圧倒的に多いし、上海でしか売られていない限定チキンもある。上海にもマ

クドナルドはあるが日本のようにバリューセットがその当時、まだ売られて

いなかったので東京のマックより上海のマックの方が割高に思えた。スター

バックスコーヒーにしても、東京と値段が変わらないし、ユニクロの価格も

東京と変わらない、むしろ、ユニクロは上海では高級ブランドだ。

(以下次号)

2009年5月27日 (水)

1994年 もつ鍋から鍋処への転換 いつか再ブームが!!来る? 96

2002年7月11日夕方、上海・新天地に帰って来た。厨房の社員は臨戦体制で

早速、メニューの点検に入った。まずはラーメンの具材の保管管理、和食の

仕込みの量、冷凍保管の管理、適正量などだ。まずは支配人に毎日の売り上

げ目標と予想客数をこの1か月分をカレンダーに書き込むように指示したが

人の問題や衛生局との間際の折衝で忙しいらしく、すぐにはやってもらえそ

うもない。とりあえずは現在在庫されている仕込み分の食材の棚卸を行い、

現状を把握するようにした。前回来たときに、リーダーのスー君に仕込みし

た日をタッパーに紙を貼り、日付を書くように指示していたので、案外、容

易く全量を確認することが出来た。いざ、翌日、開店を迎えて、ラーメンの

スープの残し具合と具材の減り具合をチェックに自分は洗い場に貼りつき、

店全体を見れる日本人1名が入口付近よりお客様の層や来店人数、召し上が

り方などをチェックし、午前11時の開店から午後の11時までトイレとラ

ーメンを厨房で立ち食いする以外はずーっと、チェックをすることになっ

た。いろいろな具材がなくなれば、厨房の社員が作り、その味を自分がチェ

ックするという形でだんだんと厨房のオペレーションは出来上がっていっ

た。夜、ホテルに帰るまでへとへと状態で東京築地の火鍋のことなど、とて

も、思い出せない状況だった。(以下次号)

1994年 もつ鍋から鍋処への転換 いつか再ブームが!!来る? 95

火鍋のコースを和風に捉えて、先附け・前菜3点・刺身サラダ・火鍋・食

事・デザートというコースを2980円で販売し、飲み放題 女性1000

円、男性1500円とした。火鍋は夏の鍋に定着させ、宴会需要より、個人

の飲み会へとターゲットを絞った。個室・掘りごたつがあることも次第に定

着していたので7月の集客はまずまずだが、年末を迎える前に行われる秋の

移動シーズン用のコースも9月には併用して行うことにした。しかし、ま

た、2002年7月5日、上海へ渡航せよとの命令が下った。上海の店がグ

ランドオープンするので料理の監督に行けとのこと、すぐにチケットを取

り、7月11日に出発することにした。上海現地の責任者が全部のメニュー

が出来ないので暫定的なメニューでオープンしたいと申し出たところ、東京

の役員から「そんな、みっともないことはできない!」と再び、白羽の矢が

立った。(以下次号)

2009年5月25日 (月)

1994年 もつ鍋から鍋処への転換 いつか再ブームが!!来る? 94

築地の店で行う火鍋コースのターゲットは女性客を中心にすることにし、価

格設定は飲み放題2時間を入れて、3980円と抑えた。販売をする時期は

9月末日まで、10月からは刺身とちゃんこ鍋を中心とした客単価5250

円のコースを売り出すことにした。築地の店は120席を有するものの、個

室に定員で入ることは少なく、満席での平均客数は98人前後だ。もし、満

席で5250円の客単価が実現すれば、514500円の売り上げを作るこ

とが出来て、土曜日は無理としても月曜日から金曜日までの稼働率を考慮す

れば、損益分岐点を超えることができる。刺身に関してはそれまで、評判の

悪かった養殖のカンパチから出来るだけ、天然のヒラマサやヒラメにこだわ

ることにした。しかし、当時ヒラメに関しては養殖と天然とは倍以上の価格

差がある為、なかなか、天然のヒラメは使えなかった。その代わりに活のシ

マアジを使うなど、少しずつ高級魚へ移行していった。(以下次号)

1994年 もつ鍋から鍋処への転換 いつか再ブームが!!来る? 93

火鍋で高級感を出すには「ふかひれ」や「海燕の巣」などの珍味も必要だが

コースとしてのバランス、価格、ターゲットを考えると火鍋単品として25

00円程度が築地の店としての限界かと思われた。また、火鍋のリピーター

を増やすためには「ひとに教えたくなる」という「口コミ」が大事で200

2年秋から「火鍋」をメニューとして残せるかも思案の為所と云えた。

 築地の店としては、もつ鍋と同じ位置で「火鍋」を考え、コース料理とし

て、回りのバリエーションを工夫することにした。(以下次号)

2009年5月24日 (日)

1994年 もつ鍋から鍋処への転換 いつか再ブームが!!来る? 92

2002年、夏の火鍋コースは順当に集客が出来たが、いわゆる、損益分岐点に

は届かなかった。社員2名と開店からのキャストの高額な給与を考えると更

に上の客単価を狙う商材が必要だった。大勢のキャストを抱える築地の店で

は良いサービスと価値のある素材をまだまだ、求め続けなくてはならない、

築地の店はまだ、薄暗いトンネルに入っていた。当面は火鍋と牛もつ鍋で秋

の収穫祭までひっぱり、冬の繁忙期を迎えて、一気に粗利を残すことは外せ

ない事実だ。火鍋はこれからの良い武器となるが高級感を出すことも必要。

しかし、中華の名店でもない築地の店には火鍋と連動した高級感の

ある食材はまだまだ、遠い道のりだった。

(以下次号)

2009年5月23日 (土)

1994年 もつ鍋から鍋処への転換 いつか再ブームが!!来る? 91

新しい火鍋コースは上々の出だし、今回は盛夏を見据えて、デザートをかき

氷にした。もちろん、かき氷のシロップもイチゴ、レモン、メロン、カルピ

スと各自、選択出来るようにして、自分で選べる楽しさを演出、その後の夏

のコースのデザートはほとんど、かき氷になった。店内に「かき氷」の垂れ

幕と火鍋を夏の定番のように見せる為にスイカや風鈴を描き上げ、中心に火

鍋がある「A1のPOP」を貼って、辛さで夏を吹き飛ばそうなんて、当時はまだ

まだ、世の中が元気だった。2002年以降、まさかの「リーマンショッ

ク」が起きるまでは気の利いた販促と値段に見合った商品であれば、そこそ

こ、計算ができた時代だった。今日のような「安くて当たり前、いっそ、タ

ダにしろ」なんての輩は自分を顧みれば、自分は一生懸命に仕事をして社会

に貢献しているなんて、言えない。基本的に商売の基本は「売り手よし、買

い手よし、世間よし」なのだ。(以下次号)

2009年5月22日 (金)

1994年 もつ鍋から鍋処への転換 いつか再ブームが!!来る? 90

火鍋の新コースは価格を一人前2980円と抑え目に、先附け・前菜三点盛・、

火鍋へと進み、肉系と魚系を選べるようにし、野菜はきゃべつを中心にニラ

や玉ねぎのスライス、ふくろ茸など女性客を意識して野菜はてんこ盛りにし

た。鍋のスープはとんこつ系、醤油系、味噌系と用意し、好みで組み合わせ

を可能にした。辛さは鷹の爪、山椒で調節出来るようオーダーと同時に持っ

ていくこととした。頭を痛めていたクイック対応は肉系を6割、魚系を4割と

予約によって準備しておき、選んで頂いても二人のお客様は大体、半々、グ

ループのお客様は肉系が多くなる傾向があり、肉類を新規に作ったりしたが

最初の火鍋コースよりは数段やり易かった。大体の食事が進むと〆の麺類か

雑炊かを聞き、スープの量を見て、継ぎ足した。麺類へは多めのスープと雑

炊は焦げない程度の水分量を入れ、ほぼ、同時に〆ができるよう心掛けた。

同時に出来ないと焦がしたり、煮詰まるのを見逃してしまうことがあったか

らだ。(以下次号)

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